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バスラ(南イラク)の街角で。フィルムの中に三十年を眠っていたイラクの子どもたち・・・。そして今日、もっとも困難な時代を生きることを余儀なくされた者たちだ。彼、彼女らの表情は、今どんなだろうか---- 1977年

2012年07月31日

Genocide Organ − 伊藤計劃とインダストリアル・ロック

 伊藤計劃の作品は、SFらしく、科学的論理性とガジェット(装置)が目を引きます。
しかし、作品の背景には古典から現代にいたる 文学、詩、映画、演劇、絵画、といった
様々な意匠からさりげなく引用や紹介がされていることに気が付くでしょう。

 たとえば、絵画については、『虐殺器官』ではジャクソン・ポロック、『ハーモニー』ではマーク・ロスコ―が、それぞれ物語の基層を為すイメージとして取り込まれていたりするのですが、音楽の面で『虐殺器官』というタイトルで思い出したのが、Genocide Organ というドイツのインダストリアル・ロック・バンドです。

『ハーモニー』を読んだあと、Genocide Organ の"Harmony" という曲目を聞いた、ある読者(沖縄・名護)によれば、

  
北欧の社会福祉国家の音楽シーンは苛烈な生命主義の只中にあって、反抗表現も自殺、殺人を実際に行うバンドもあるなどもっとも過激で、そういうのを聴いてるリスナーはかなりとんがってると思う・・・

と教えてくれました。


 伊藤計劃の日記・『第弐位相』によれば、彼自身はGenocide Organ を知らなかったようで、むしろ本人お気に入りのインダストリアル・ロック・バンド NIN(Nine Inch Nails) について、いくつもエントリーされているのですが、その中で特に印象深い記述があります。2004/6/10 の記事”And All that could have been”がそれです。この記事は、いつになく本人の感情が強く露出していて、やや独特の緊張感があります。

 

 アキバに行って、ラジオ会館の輸入DVD屋Saleに行き、押井がコメンタリーを新録したというUS盤の「ビューティフル・ドリーマー」を予約する。それから、いろいろと物色したあと、となりの御茶ノ水に行き、洋麺屋でたらこカルボナーラを食べる。そして聖橋を渡れば、そこには医科歯科大の神田川に壁面を成す建築が在り、そこにはCTが待っている。ウィィン、と駆動音がシャープに唸り、人間を計測し数値化し仮想身体を汲み上げんとする欲望が産んだデウス・エクス・マキナがぼくのからだを輪切りにする。最近見た、医療被曝による癌罹患率の上昇を報じるニュースが、ちらりとあたまをよぎる。


 あっさりしたものだ。フィルムが焼き上がるまでの20分、ぼくは待ち合い室で寝ている。ヘッドフォンからはNINの「And All That Could Have Been」が流れてくる。and all that could have been.そしてそうなるはずだったすべてのもの。やってこなかった未来。そうはならなかった人生。
 

 そしてフィルムを受け取り、整形外来に行く。主治医の先生はそれを見て、何かを告げる。半年に一度、ぼくはこの一言、このオラクルを受け取りにここへ足を運ぶ。昨日一昨日は眠れなかった。ひどいもんだ。臆病な自分に腹が立つが、どうしようもないことだ。

「大丈夫ですね。とりたてて腫瘍の影はみられません」 

五年生存率、ということば。それ自体に意味はない。あくまで確率の話だ。六年後、十年後に転位が見つからないとは言い切れない。とはいえ、もう三年目。半分は越したわけだ。 

 いろいろなことを思う。医者に自分の大腿の中に巣食うものの存在を告げられたときのこと。あのとき感じた絶望。そんな絶望も恐怖も悲しみもあっさり吹き飛ばしてしまった安定剤のこと。その化学作用によって感情が吹き飛んだときの奇妙な怒り。病院内から手持ちのノートをネットに繋いだこと。友人がエロゲーを持ってきてノートにインストールしてくれたこと。リハビリ。退院して、家に帰ってきたとき玄関から飛び出してきた、愛犬のぬくもり。お見舞いにきてくれた「尊敬する」人たち。病院で書いた原稿のこと。退院したあと、誰にもわからない理由で彼岸に渡ることを選んだサークルの後輩のこと。彼女の入った棺の小ささが意外だったこと。彼女から預かった同人誌の原稿が、データクラッシュで読めなかったこと。 
 

 そして、いま、愛犬は彼岸にいる。あのとき、生きて帰ってきたぼくを抱き締めた温もりは、ペットたちの共同墓地にいて、そこへぼくは墓参りに行き、あふれる思いを、残された者たちが抱えるには多すぎて溢れてしまう情念を、墓にすくいとってもらい、身軽になって家に帰る。 

 そして今日も、家に帰ってきた。今週は「下妻物語」を見ようかな、と思いながら、レンタルで「サブマリン707」と「プラネテス」と「私家版」を借り、その下に在る本屋で「スチームボーイ」の映像DVDがついた「ニュータイプ」を買って家に帰る。 

 And All Could Have Been.足が普通に動いたら、どんな人生だったのだろうか。あの女の子が彼岸に渡らなければ、愛犬が癌で逝かなければ。それを想像することは不可能だし、実際、あんまりいまと変わらない気もする。クローネンバーグだ、養老だ、身体だ、サイボーグだ、とか言っていたら、ほんとうにそういう人生を生きる羽目になってしまったことを、幸運とは思わないまでも、何かの符合であるぐらいには考えてもいいのかもしれない。 

 さて、「プラネテス」見るか。

 

 このころ、イラクでは 2004年4月〜5月の 第一次ファルージャ攻撃、アブーグレイブ捕虜収容所における米兵による捕虜虐待スキャンダルが喧しく、日本でもまた「イラク人質拘束事件」が人びとの間に激しい感情と冷笑を炸裂させ、”虐殺の文法” を彷彿とさせる状況にありました。

 この国を支配する乾いた空気に対して、伊藤計劃は「耳にまぶた」をするように、NINを聞きながら、自らの運命に思いを巡らせていた。CTスキャンによって体が切り刻まれ、一方的に死を通告されること。この文明が行うこととは、人間から身体性を剥ぎ取って、あるひとつのアスペクトに情報として押し込むことでしかない。「虐殺」とは、何か・・・それが、「われらの作家」の誕生のときでした。

 



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.posted by staff at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伊藤計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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