Iraq_new0075_3.jpg
バスラ(南イラク)の街角で。フィルムの中に三十年を眠っていたイラクの子どもたち・・・。そして今日、もっとも困難な時代を生きることを余儀なくされた者たちだ。彼、彼女らの表情は、今どんなだろうか---- 1977年

2010年05月04日

口笛はバグダードへ(「憧れのYI1BGD」改題)

ねぇ、君。君は、ロクタル管を知っているかい。ロクタル管と言うのは、あの、ラジオに使う真空管の一種なのだ。
(・・・)
そう言う中でぼくらはどんなにかあのロクタル管に憧れたことか。その憧れを判って貰うために、どうロクタル管の美しさを説明したものか。
(・・・)
抵抗やコンデンサーを挿入して回路を作って行く時、ぼくらはいつも自分の現に住んでいる世界とは別の世界を、その一見複雑にこんぐらがった配線の向うに、作っているような幻想を抱いたものだ。
(・・・)
ぼくらを掴んでしまって決して離そうとしない配線の向う側の世界の本当の魅力は、おそらく、その世界で起きることが、それは非常に正確であり、そのことは疑いえないのだけれども、同時に、決してぼくらの眼には見えることはないのだという点にあったのだ。
『ロクタル管の話』柴田翔



70年代・・・かつて、どこの中学・高校にもあった(はずの)アマチュア無線部。
物理実験準備室を根城にしたそこは、元祖アキバ系とでも言うべき、理系オタッキーの魔の殿堂。
高周波の魅力に取りつかれた廃人たちの巣窟であった。
エスペラント語同好会と同じくらいに、変人の集団と思われていたものだ。

過去にマスコミよりも早く、
某国の内乱や革命の情報を伝えるアマチュア無線局の電波を受信したという話が、
先輩から後輩にまことしやかにささやかれることもあった。
僕たちは、周波数を変え、ノイズにかすれる微弱電波を追い、
ほとんど地図帳でしかお目にかからない、海外のマイナー局のQSLカードをゲットするかを競っていた。

先進国と違って、途上国には局が少ない。
それは、経済的事情よりも政治的事情によるものだ。
当時、イラク政府の公認アマチュア無線局はたった一つ
・・YI1BGD・・・それは、まさに憧れのコールサインであった。

というわけで、ネットでYI1BGDの記事をいくつか探してみたら、けっこうあるんですね。
  



「口笛CW」
CWってのはcontinuous wave (連続波)のこと。
往時のアマチュア無線の魅力が伝わってくる文章です。
http://www.icom.co.jp/beacon/ham_life/kato/000777.html

現在でも珍エンティティであるが、一時期イラクでは、クラブ局であるYI1BGD 1局しかオンエアがなかった時期がある。加藤さんは、イラクをCWで狙っていたが、あいにくこのYI1BGDには、マイクはあったがキー(電鍵)が無かった。そのため、加藤さんは、「この局とは、口笛を使ってQSOした」と話す。理論的には、低周波発振器の出力をマイクに入力するのと同じで、低周波発振器のかわりに、口笛を使ったということになる。

「口笛なので、ピュアな単一トーンにはならないが、なるべくきれいな音になるように努力してQSOした」と言う。イラク側のオペレーターは、もちろんCWについても教育されており、送受信できる技量はあったものの、シャックにキーがなくて運用できなかっただけの話しであり、「QSOは全く問題なかった」と話す。こんな方法で得たQSLカードでもCW-DXCCには有効で、加藤さんは貴重なイラクのクレジットを得た。


Pictures from YI1BGD visits
前のヨルダン国王がアマチュア無線をやっている写真なんかもあります。
http://www.herbandbarbara.com/index_files/Page3577.htm
http://www.herbandbarbara.com/index_files/Page5907.htm

That evening Walter made contact on sideband with his friend in Switzerland and made the only CW contact from YI1BGD by whistling into the mic to complete the contact. Majeed said that they frequently received QSL card showing a CW contact but the fact was that no one at the station knew the code.

I spent many enjoyable evenings with Majeed and became the only American to ever operate YI1BGD. It was great fun for several hours as the pile ups came blasting trough. For once to be on the other end of a pile up was an interesting experience. The jumble of call signs, each competing for my call was a thrilling event.


どちらも、口笛でイラクと交信していたという記録です。
うーん・・・口笛で単音を出すのは努力でできるものなのか。
この興奮をどう伝えたらいいんでしょうね。
一般人には全く理解不能な文章で、すみません。

CQ誌のイラク訪問記の記事
http://www.ne.jp/asahi/ja1cpa/ja1cpa/nhp0812100/profil1/sonota00.html#イラク訪問

1979年5月〜6月にかけて出張しましたが、
日中の外気温度は50℃を超えていたと思います。

ただし湿度が無いので日陰では何とか過ごせましたが、
風はまさに火傷しそうな熱風です。
素肌を出したら火傷しそうです。

また。湿度が少ないので車のノブで静電気がパチパチでした。
日本から持ち込んだRV車もすぐにオーバーヒート、
水タンク持参の移動でした。




Arabian Nights
音楽つきで、とても詩情あふれる文章が掲載されています。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/jl1eee-hack/arabia.htm


その間、イラクを思い出していた

市内を流れるチグリス河
砂漠の夕暮れ
あの下に何度も起きた大洪水で幾重にも古代都市が
埋まっているという
歴史の国だね何千年という悠久の・・・日本とは違うね
でも人々は親切だった
人間どこでも変らない




かつて30年ほど前・・・世界のどこかからバグダードに向けて、
はたまたバグダードから世界につながる空へ向けて放たれた口笛は、
どこをどう彷徨っているのでしょう。
いつか、その口笛が舞い戻ってくる時を、私は信じたいと思います。

今、イラクにはほかにも無線局がありますが、かつて憧れだったYI1BGDのコールサインは、2003年を最後に、確認されていないそうです。


burogumura.gif blogranking.gif e_02.gif
お気に召した方はクリック。励みになります。
.posted by staff at 16:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。